Column



■『トモ藤田のバークリー・コネクション』 第1回
掲載誌 :  ギター・マガジン 1996年9月号

 Hello Everyone。初めまして、ギタリストのTomo Fujitaです。僕は今、ボストンのバークリー音楽院でギターの講師をしています。僕は元々京都出身なのですが、ボストンへ来てからもう10年になるので、今ではすっかりここが自分のホームタウンのようです。

 読者の皆さんの中にもバークリーへ行きたいと思っている人や、アメリカでの音楽活動に興味を持っている人がいるでしょう。この欄では、僕がアメリカへ来てからバークリーの学生として、また講師として体験してきた色々なことを書いていこうと思います。それによって皆さんのことをヘルプできたり、インスパイアできたら嬉しいです。今回はまずボストンの有名なギター・コンテストに出場した時のことを書いてみましょう。

 その「ボストン・ギター・コンペティション」は、ボストン中から腕に自身のあるギタリストたちが集まり、チョップスを競うコンテストです。1989年に始まり、その年はジョン・フィンというバークリーの先生が2位になったことで話題を呼びました。ジョンはボストンの有名なプログレッシブ・インストゥルメンタル・ロックのバンド「ジョン・フィン・グループ」で活躍している人物で、バークリーではアンディ・ティモンズ、スティーヴ・モーズ、ジョン・ペトルーシなどを呼んでクリニックやジャムを行うなど、学校の中でもロックを教える先生としてすごく人気がありました。

 その当時、僕は彼のバンドのドラマーと一緒に別のバンドでプレイしていたのですが、90年のある日、リハーサルの最中にたまたまコンテストの話が出て、そのときにドラマーから「ジョンがまた出るんだって、Tomo、お前もトライしてみたら?」と薦められました。僕はもちろんコンテストに出た経験も無く、あまり自信も無かったのですが、とりあえず試しにやってみようとテープを送ったところ、予選に出られると返事が来ました。嬉しかったのですが、同時に「やばい、ほんまにやらなあかn」と少しあせり気味だったのも事実です。

 それから練習に入ったのですが、これが意外と大変でした。ルールがなかなか厳しかったのです。まずギター1本でさまざまなスタイルを取り入れて弾かなくてはならない。また演奏の能力だけでなく、パフォーマンシップも重要で、どれだけ聴衆をエンターテインするかということも審査の一部になっていました(なかなかアメリカしてますな〜)。それから時間制限もあり、2分30秒一本勝負という、ほとんどボクシングのような状態です。しかもプラス・マイナス1秒ごとに減点で、15秒を越えると失格(まるでオリンピックみたいや!)。

 ちなみに僕の曲はファンクのグルーブで始まり、スラップ・ギター、ジャズのウォーキング・ベースとコード、ジャズ・ギター・ソロ、最後はブルース・ロックで締めくくるというものでした。今までやってきたこと、できることを全てメドレーのようにつなげて、なおかつ楽しめるようにやるという無茶な注文です。これはチャレンジでした。毎日時計に合わせて練習しました。

 予選では日本人は僕ひとりで、それがプレイすること以上に僕をナーバスにさせました。でもプレッシャーに負けず、決勝戦へ進むことができました。

 決勝戦はボストンでも一番大きい「チェンネル」というロック・クラブで開かれました。そこで僕はジョンと対面、というよりは対決! 僕自身、音楽で勝ち負けを決めることに興味はありませんが、ここまできたらやるしかない。アメリカは自由と主張の国。それに賞金稼ぎの国。ハングリー・スピリットで頑張りました。その結果、ジョンがまた2位、僕はなんと3位になったのです。涙が出るほど嬉しかった。それにバークリーの先生が2位で生徒が3位ということもすごく話題になりました。

 翌年僕はもう1回だけ、とコンテストに出場。前回同様予選を通過して、ラッキーにも決勝へ進みました。このときは、よくもマァコレだけうまいギタリストが集まったものだと驚き、特にヘヴィメタのジョー・スタンプを見たときは、その指の速さに圧倒されました。でも僕は根性で頑張り、とうとうこの年のナンバーワンに! ほとんど信じられなかったのですが、日本人でも頑張れば認めてもらえるということにすごく感激しました。

 それからの僕は、学校の有名なコンサートに出たり、卒業式のコンサートでフィル・コリンズと共演したりし、卒業後もプレイすることと人に教えることに情熱を傾けてきました。もちろん他にも数え切れないほどのギグを経験しましたが、スペースの都合上、書けないのが残念です。とにかく僕は、チャレンジすることの大切さと、自分を信じてやれば不可能も可能になるということを、このコンテストを通じて知ったような気がします。そして僕は今、自己のバンドTomo Fujita & Blue FunkのCD作りに力を入れています。